20歳の娘は同級生に強姦され、殺害された…「顔が紫色になって、そこで眠っていました」 女子高専生殺害事件 母親が語ったこと・前編【2025年度 話題の記事】
3/28(土) 6:08配信


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BSS山陰放送

山陰放送

【 2025年度にBSS山陰放送が配信したニュースの中から反響が大きかった記事を振り返ります。以下は、2025年11月3日配信の記事を再構成し掲載したものです。】

【写真を見る】幼少期の家族の様子…歩さんを懐かしむ中谷さん

「私は、二十歳の娘を殺人事件で亡くした母親です」

約150人の高校生を前に、静かな口調でそう語り始めた一人の女性。
山口県防府市在住の中谷加代子さん。
19年前、当時20歳の娘を殺害された、被害者遺族です。
若者たちに命の尊さを伝えるため全国各地で講演活動を行う女性が語った、「生きることの意味」とは?

■待望の女の子…「絶対に嫁にやらん」愛されて育った娘の記憶

10月8日、江津市にある石見智翠館高校で開かれた「命の大切さを学ぶ教室」。

講演のタイトルは「歩と生きる」――「歩」は、中谷さんの娘の名前です。

中谷加代子さん
「『歩』という名前には、一歩一歩自分の道を歩んでいってほしいという願いを込めました」

中谷さんの家族は、夫婦と子ども2人。歩さんと、1つ上の兄がいました。

「歩は昭和61年、1986年6月、お兄ちゃんに続いて生まれた待望の女の子です。
歩が生まれたばかりの時、お父さんは男の人なんでね、あぐらをかいてその上に乗せるようにちっちゃい歩を抱っこして、『絶対に嫁にやらん』と言っていました」

幼い頃は引っ込み思案だったという歩さん。
すぐ中谷さんの後ろに隠れてしまうような、恥ずかしがり屋の女の子でした。

■「いってらっしゃい」と手を振った…平凡な日常が崩れ去った日

そんな歩さんはすくすくと、たくましく成長し、隣の市にある工業高等専門学校(高専)に通う学生になりました。
歩さんの兄が大阪に出ていたため、地元の防府市役所に勤める中谷さん夫妻と共に、3人で幸せに暮らしていました。

2006年8月28日。
歩さんが高専5年生の夏休みが終わる直前の朝。
中谷さん夫妻は、高専の研究室に行く歩さんを駅まで送りました。

中谷加代子さん
「駅の手前の交差点で歩の後ろ姿に『いってらっしゃい』と手を振って、歩は元気に出かけて行きました」

その日、いつもと違う庁舎で仕事をしていた中谷さん。
夕方、自分の席に戻ると、机の上に夫からのメモが置いてありました。

「メモには『歩が学校で倒れた。だから迎えに行ってくる』と書いてあって。朝元気で行ったのに、どこか顔や頭を打ってないといいけどと心配しながら、すぐに夫に電話しました」

何度かかけ直してようやく通じた電話。
しかし、中谷さんの夫は言葉を発しませんでした。

問い詰めて、ようやく口にした言葉は――「歩が死んだ」。

■「歩であるはずがない」…変わり果てた姿の娘と対面

信じられない思いで家で待っていた中谷さん。
そこへ、歩さんの友人から「歩のことがテレビで報道されている」という連絡が入りました。
テレビをつけると、画面の上部に歩さんの死を伝える速報テロップが流れていました。

「これだけ大騒ぎになっているから誰か死んだのかもしれない。
それはもしかしたら高専の学生かもしれない。
でもそれが歩であるはずがない。
そう思っていたから、早くそれを確認したかった」

ようやく歩さんと対面できたのは真夜中のことでした。

警察署の敷地内にある小さな建物に案内されると、そこにあったのはネズミ色の大きなビニール袋。
一部分に白い布がかけられていました。

「刑事さんがその布を取りました。その瞬間まで、どうか別の人であってと祈っていました。
でもそこには別の人ではなく、歩がいました。
顔の色が紫色になって、そこで眠っていました」

中谷さんは必死に呼びかけました。

「歩ちゃん、起きにゃ。歩ちゃん、早く起きて。もう起きる時間なんよ」

しかし、歩さんは目を覚ましませんでした。

「首から下はビニールに入っているから、抱き抱えることも手を触ることもできなくて、ただただほっぺたを触りました。柔らかかった。
その柔らかかった感触、今でも忘れたくなくて、自分の足とかをこう触ってみて『ああ、こんな感じだったよね』と、その時の感触を取り戻そうとします」

なぜ娘は変わり果てた姿になってしまったのか…
警察による捜査が始まりました。

【後編】

愛する娘は首を絞められ、強姦され、殺害された
2006年8月28日。
「歩が死んだ」――夫から信じられない知らせを聞いた中谷さんは、警察署で変わり果てた姿となった娘と対面しました。

中谷加代子さん
「歩ちゃん、起きにゃ。歩ちゃん、早く起きて。もう起きる時間なんよ」


そう呼び掛ける中谷さんに、歩さんはこたえませんでした。

「親は子どもが助けてと言ったら、どれだけ離れていても聞こえるものだと思っていました。でも私には聞こえなかった。
私には歩を助けることができませんでした」

事件前日、歩さんは同級生の男子学生からパソコンのソフトについて教えて欲しいとメールで頼まれ、「ちょうど学校に行くからいいよ」と返信していたといいます。

そして事件当日、朝から学校に行き、友人と話をした後、歩さん一人で研究室に向かいました。

そして…。

中谷加代子さん
「歩がパソコンに向かっているところを犯人は後ろから手で首をしめ、さらにビニールの紐で何重にも巻いて、歩をしめ殺しました。
歩は苦しかったと思います、それを取ろうと抵抗したようです。
その後、犯人は歩を強姦して、性的な暴行をして、研究室のドアに鍵をかけて逃走しました。」


歩さんの友人たちは彼女と連絡が取れないことを心配し、探し回りました。

そして、電気が消え鍵がかかっていた研究室で、倒れている歩さんを発見したのです。

警察は、歩さんの同級生だった当時19歳の男子学生に殺人容疑で逮捕状を取り、その後全国に指名手配しました。


「どうして歩を殺したのか」

その答えを知りたいと願った中谷さん。
しかし、それが叶うことはありませんでした。

「本当のことを話してほしい」…叶わなかった願い
事件から11日目。
容疑者が山の中で首を吊って自殺しているのが発見されました。

中谷加代子さん
「生きて本当のことを話してほしい。罪を償ってほしい。そしたら少しは歩の供養になるかもしれない。
…そう思っていた私たちの願いも叶わなくなりました」

大切な娘を突然奪われた中谷さん。
どこにいても、寝ても覚めても、涙が止まらなかったといいます。


「買い物にも行けなかった。

遠くのデパートに連れて行ってもらった時、地下の食品売り場にベビーカーに乗った男の赤ちゃんがいたんです。
その赤ちゃんを見た時に、『あ、男の子じゃん』と。
『この子も大きくなったら何するかわからん』と、そう思ったらもう背中がぞわっとして…赤ちゃんなのに、怖いと思ったんです。
精神的にはどん底に落ち込んで、昼も夜もなくなっていく、そんな時間を過ごしていました。」

心に深く傷を負った中谷さん。
それでも、警察や弁護士、高専の先生、歩さんの友達、職場の同僚など、多くの人に支えられたと言います。

「声をかけてもらったり、歩のエピソードを色々聞かせてもらったり、慰めのお手紙をもらったり。
中には家に来られて、玄関で黙って立って一緒に泣いてくださる方もありました。皆さんのその言い方とか表現というのは色々です。でも、そのあたたかい気持ちは十分伝わってきました」

一方で、中谷さん夫妻の元には誹謗中傷の手紙や電話もあったといいます。

「親の育て方が悪かったんだろう」
「女の子なのになんで高専なんかに行かせたんだ」
「売名行為だ」


そんな、心ない言葉をかけられることもありました。


中谷さんは事件が起きた原因について様々なことを考えました。

「命の教育がもっとされていたら、歩は今でも生きていたのかもしれない。そんな思いで私は今、学校でのお話や、矯正施設で加害者に直接語りかけるという活動を始めました」

中谷さんは事件が起きた原因について様々なことを考えました。

「命の教育がもっとされていたら、歩は今でも生きていたのかもしれない。そんな思いで私は今、学校でのお話や、矯正施設で加害者に直接語りかけるという活動を始めました」

命の意味を問い直す日々
事件から19年経った今、中谷さんは「命の大切さを学ぶ教室」の講師として全国を回っています。

そして、命とは何か、生きる意味とは何かを伝え続けています。


中谷加代子さん
「私は元々そういうことを考えるような人間じゃなかったんです。現実的な教育ママでした。
歩に『お母さんは点数だけ取っていたらいいよね。お母さんってそういう人よね』と言われたこともあります。
でも大切な歩を亡くして、たくさんの方に支えていただいて、人が死ぬとか生きるとかを正面から考えてみて、『本当に大事なものを間違えて生きてきたのかな?本当に大事なものから目をそらして生きてきたんじゃないのかな』と思いました」

今伝えたいこと―「生まれてきてくれてありがとう」
歩さんの将来の夢は建築士になることでした。
高専卒業後は、熊本の大学に編入することも決まっていたといいます。

講演を聴いた生徒たちは…


生徒は

「あたりまえだと思っていた学校生活とか、家族となにげない対話をすること。中谷さんはそれが理不尽にこわされてしまった。
自分の日々の生活を大切にしていきたいなと思いました。しっかり感謝の気持ちを持って接していきたいなと思いました。」
「普段生きてることにありがたみを感じて日々過ごしているわけではなかった。この話を聞いて、改めて今、普通に人と喋って楽しく過ごしたりできていることに感謝の気持ちを持って、周りの人も大事にしながら、生きていけることにありがたみを感じて過ごしていきたいなと思いました。」

「命の大切さを学ぶ教室」は、島根県内では毎年15校で開催されており、石見智翠館高等学校では今回が4回目となります。

講演の最後、中谷さんは生徒たちにこう訴えかけました。

中谷加代子さん
「皆さんは、そこにいるだけで価値があるんです。
皆さんに伝えたいと思います。
生まれてきてくれてありがとう。
生きてそこにいてくれて本当にありがとう」




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